ある日突然、鏡の中にコイン大の脱毛部分を見つけた時の衝撃は、経験した人でなければ分からないほど大きいものです。この「円形脱毛症」は、性別や年齢に関わらず誰にでも起こりうる脱毛症で、一般的に考えられているよりもずっと複雑な病気です。かつては「ストレスが原因」と一括りにされがちでしたが、近年の研究により、その主な原因は「自己免疫疾患」であるという見方が主流となっています。自己免疫疾患とは、本来、体外から侵入するウイルスや細菌などを攻撃するはずの免疫システムに異常が生じ、なぜか自分の体の一部を異物と誤認して攻撃してしまう病気です。円形脱毛症の場合、免疫細胞であるTリンパ球が、成長期の毛根を異物と間違えて攻撃してしまうことで、髪の毛が突然抜け落ちてしまうのです。もちろん、精神的なストレスや肉体的な疲労が、この免疫異常の引き金になる可能性は否定できませんが、ストレスが直接的な原因ではないということを理解しておくことが大切です。これにより、患者さんが「自分の心が弱いからだ」と不必要に自分を責めることを防げます。円形脱毛症の症状は多様で、脱毛斑が一つだけできる「単発型」が最も多いですが、複数できる「多発型」、全ての頭髪が抜ける「全頭型」、さらには眉毛やまつ毛、体毛まで抜けてしまう「汎発型」といった重症なケースもあります。幸いなことに、多くの場合、毛根そのものが破壊されているわけではないため、免疫の攻撃が収まれば再び髪は生えてくる可能性があります。治療は、まず皮膚科を受診するのが基本です。脱毛範囲が狭い場合は、ステロイド外用薬の塗布や、ステロイドの局所注射などが主に行われます。範囲が広い場合や、進行が速い場合には、紫外線療法(PUVA療法、ナローバンドUVB療法)や、特殊な薬品で頭皮にかぶれを起こさせて発毛を促す局所免疫療法、内服薬などが検討されます。これらの治療の多くは健康保険が適用されます。円形脱毛症は、自然に治ることも多いですが、症状が拡大したり、再発を繰り返したりすることもあります。自己判断で様子を見たり、市販の育M剤に頼ったりせず、まずは皮膚科の専門医に相談し、正しい診断と治療を受けることが、回復への最も確実な道筋です。